GOLDEN GLORY
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新たな記録を生み出したGolden Glory   K-1 GP finals 2009

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2008年12月6日横浜アリーナにて。

GGの10年の歴史を振り返っても、この1ヶ月ほど目まぐるしいことは無かったと記憶している。
このタフな1ヶ月の幕開けは、Golden Gloryの誇る女性ファイター マルース・クーネンのSTIRKEFORCEでの勝利で始まった。開始1分 腕十字での一本勝ちに会場は大いに沸いた。ディオン・スターリングもこれ続き、オランダでの大会で見事ジェシー・ギブスを撃破した。

Team Golden GloryはK-1 GP finals 開催の10日前に東京に到着した。チームの士気は高く、結束も強かった。朝食もトレーニングもすべてメンバー全員であった。コーチや選手の家族など関係者は12/2の到着であった

プレスカンファレンスはこれまでに無い盛り上がりを見せた。ジマーマンとボンヤスキーの睨み合いはいつまで続くのか心配なぐらいであった。アリスターとバダハリは互いを挑発し合い、観客からは割れんばかりの歓声が上がり、彼らは史上最高に盛り上がったプレスカンファレンスの目撃者となった。

‘ターミネーター’シュルトのリベンジ

おかしな話ではあるが、大会前から誰もが「GPはバダ・ハリが優勝する」と断言していた。
シュルトという偉大なファイターがこの大会には参加することを彼らは知らなかったのであろうか。
第1試合 そのバダ・ハリはルスラン・カラエフを1ラウンドKOで破った。ただ勝利の代償は大きく、激しく攻め立てるルスランの重い拳によるダメージは少なくはなかった。

第2試合 Golden Gloryのアリスタ・オーフレームとテイシェイラの対戦であった。
アリスタとの対戦まで、テイシェイラの記録にノックアウトによる敗北なるものは存在しなかった。しかしながら、試合開始わずか1分にテイシェイラの顎を目掛けて放たれたアリスタの強烈な膝蹴りが、彼に初めてのノックアウト負けを味あわせることになった。マットに沈められたテイシェイラはその後しばらくの間ピクリとも動かず、観客は一時騒然となった。

そして準決勝 K-1ルールでのアリスタとバダ・ハリの因縁の再戦であった。この戦いはとてつもなく壮大であり、横浜アリーナに興奮と感動をもたらした。
両者共に秒殺KOによる決着を望んでいたし、実際彼らはそれができるファイターであることは誰もが知っている。
果敢に攻めるバダ・ハリだが、アリスタのディフェンスは冴えていた。アリスタはバダ・ハリを2度も投げ飛ばしリングに叩きつけた。アリスタがバダ・ハリをKOしようと強烈な左フックを放った時で、バダ・ハリはカウンターを仕掛けアリスタからダウンを奪った。
バダは止めを刺そうとするも、アリスタはダウンした8カウントをダメージの回復に充て、プロフェッショナルとして冷静に対処した。
両者の打ち合いはその後も壮絶に続いた。すると、バダの左ハイキックがアリスタをロープによろめかせるように後退させた。はっきりと断言するが、アリスタはあの時決してグロッキーではなかった。しかしレフリーはラウンドが終わる寸前に試合を止めてしまったのである。

シュルト 王者への道のり

シュルトの初戦はバンナであった。シュルトはバンナから、まずボディへの右ミドルキックでダウンを奪った。起き上がり立ち向かってくるバンナではあったが、再び強烈シュルトのボディへのミドルキックが炸裂し、試合開始僅か1分 KOでバンナを葬り去った。

ジマーマンは3度k-1王者に輝いたボンヤスキーに対して素晴らしいパフォーマンスをみせた。第1ラウンドには8カウントのダウンを喫したジマーマンではあったが、怯むことなくボンヤスキーに向かっていった。第2・3ラウンドのジマーマンは観客の予想を良い意味で裏切りかなりアグレッシブであった。ボンヤスキーも同様にこれまでにないアグレッシブさを見せ、とてもエキサイティングなファイトであった。
我々は延長戦にもつれこむことを期待したが、勝利の女神はボンヤスキーに微笑んだ。
しかしながら、ジマーマンは参加選手の中で最も若く、存在感を示し、他のファイターに脅威を与えたことは間違いない。

シュルトの準決勝は映画「ロッキー」さながらの展開であった。試合開始わずか20秒、ボンヤスキーのフックによりダウンを奪われた。8カウント後、シュルトは何事も無かったかのように再び試合に戻った。その後はボンヤスキーにプレッシャーを与え続け、積極果敢なファイトで2度のダウンを奪って、ボンヤスキーに快勝した。

The Finals

決勝戦はバダ・ハリとシュルトの‘因縁の対決’であった。今年5月にアムステルダムでの両者の対戦ではバダ・ハリが勝利し、この試合のおいて「バダ・ハリ優位」の声が高かった。
我々はデイブ・ヨンカースとコー・ハマーズ(共にGolden Gloryのトレーナー)の頭脳に敬意を払わなければならない。彼らがこの試合のためにたてた戦略とプランは完璧であった。試合は我々の立てたプラン通りに運び、シュルトは忠実に戦略を守った。結果バダ・ハリを左ハイキックでマットに沈めた。
シュルトのパフォーマンスは、これまで彼を退屈なファイターだと批判してきた者達を黙らすのには十分であった。今大会全ての試合のシュルトの試合時間は過去最短であり、これまでピーター・アーツが保持していた記録を更新した。
また、これまでのGP8大会において5年で4度のチャンピオン獲得という偉業は、アーネスト・ホーストの持つ記録(6年で4度)を破った。

彼はこの日の勝利をルーマニア人Golden Glory ファイター「Vitale Mitu」へ捧げた。彼は大会の直前、トレーニング中に心臓発作によって帰らぬ人となった。この日は彼の家族もルーマニアから駆けつけ、彼の妻と18ヶ月になる息子もこの勝利を心から祝福した。シュルトの息子は「パパは最高だ!!」と喜びを表し、Vitaleの息子は両手を高らかに上げた。その時、周囲にいた誰もが熱い涙を流した。
私はこの場を借りて、トレーナー陣、パートナーのロン、そして私達を支え信じてくれている全ての人々に感謝の意を伝えたい。Golden Gloryは最強であり、そしてこれからも最強であり続けるだろう。我々は、イルカの家族ように温かくしっかりとした絆で結ばれている。この日の大会はK-1史上最もエキサイティングな大会であった。退屈な試合は一つもなく、格闘技の素晴らしさが凝縮されていた。そして何よりこの素晴らしい大会の出場選手の60%がGolden Gloryのファイターであったということを私はとても誇りに思っている。

Love Peace

バス・ブーン

Photo’s FEG